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ブルゴーニュ生産者④シャンボール・ミュジニーの最近のブログ記事

ネッド・グッドウィン氏がマスター・オブ・ワインをとりました!

http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/drink/wnews/20100521-OYT8T00447.htm 

ネッド、おめでとうー!

というわけで、ってどういうけか分かりませんが、ネッドのお気に入りでもあるこの生産者のご紹介。

まだネッドのインタビューを読んでいない方はこちら

 

Jaques Frederic Mugnier ジャック・フレデリック・ミュニエ

 

1863年設立の、シャンボルに4ヘクタール強を所有――ミュジニー、ボンヌ=マールと2つのグラン・クリュを擁する――するドメーヌは、1985年以降ジャック=フレデリックの息子フレデリックが運営するが、2004年ヴィンテージから新たなプルミエ・クリュが加わった。以前からミュニエ家の所有だったが、前世紀の初頭、フェヴレ家に貸し出されていたニュイ=サン=ジョルジュのプルミエ・クリュ、クロ・ド・ラ・マレシャルが戻ってきた。それに合わせドメーヌでは所有するシャトー・ド・シャンボル=ミュジニーに新しいカーヴも完成、畑の規模も3倍以上に広がった。

ドメーヌはシャンボルの村落の最上部というまさにこのアペラシオンを睥睨する場所に位置し、歴史の重みを感じさせるシャトーに象徴される内容となっている。樹齢は、筆頭のミュジニーは1947年と1962年の植付け――15パーセントほどを1997年改植したが、その区画からのぶどうはグラン・クリュとしては瓶詰めされず、ACシャンボル=ミュジニーとしてリリース――のヴィエーユ・ヴィーニュ、加えてレザムルーズの樹齢もおよそ60年ほどと高く、他の畑も平均で30年前後と安定している。


何よりもデリケートなシャンボルのテロワールを体現するため、畑にこだわりその延長としての醸造となる。そのような意味からも化学肥料は1980年代半ばから、除草剤も1990年から止めた。害虫対策にも化学薬品は使用せず、替わりに食虫グモを畑に放すなど、地道な努力を怠らない。収量においてもヴァンダンジュ・ヴェールト以前に春の剪定でしっかりと芽を切り詰め、収穫においては選果を徹底し、決して遅摘みはしない。培養酵母には頼らず木製の開放の槽で発酵を開始。ピジャージュは1日に5回と多くおこない、色素、構成要素の抽出を図る。熟成に用いる樽はドメーヌで3年以上自然乾燥させ、焼きはごく軽いものを使用。ミレジムで多少異なるもののグラン・クリュには100パーセント近く新樽を用い、期間は18ヵ月前後、オリ下げ、清澄のみで基本的にフィルターはなし。

ACシャンボルといえども贅沢なつくりで、レ・プラントは実はプルミエ・クリュなのだが、ドメーヌではラ・コンブ・ドルヴォーとブレンドされてACシャンボル=ミュジニーとしてリリースしている。レザムルーズとレ・フュエはそれぞれミュジニー、ボンヌ=マールに接していて、シャンボルの他のプルミエ・クリュに較べ、そのクオリティは高いが、なによりもそのテロワールの違い――レザムルーズはほとんど表土にまで石灰岩がせまっていて、かたやレ・フュエは粘土質が深い――がワインに如実に現れている。

新たなクリマ、マレシャルもミュニエの魅力をそこはかとなく湛えたお値打ち品で、なかなか手に入れるのが難しい一連のシャンボルのアイテムに替わって、手頃に愉しめる1本であるが、若木からのキュヴェは分けて瓶詰め――ニュイ=サン=ジョルジュ・クロ・デ・フルシュNuits-Saint-Georges Clos des Fourchesという名称で、れっきとしたプルミエ・クリュにもかかわらず、ヴィラージュにデクラッセしている――し、マレシャルとしての水準を上げる努力も怠らない。さらにマレシャルの一部のピノ・ノワールにシャルドネを接木し、ドメーヌでは初めてとなる白の生産が開始されることもお知らせしておこう。
                                 ~ラックコーポレーション資料より~

 

1863年設立。5代目となる現当主フレデリック・ミュニエ氏。若い頃は石油エンジニア、30歳になってワイナリーを引き継いだ後もフランスTAP航空の商業パイロットも兼業していたという異色の経歴の持ち主。隣にあるジョルジュ・ルーミエとは親しく、色々とアドバイスを受けており、両者のワインは共通項も多く、洗練された緻密な構成や溢れ出る気品と色気に満ちています。また化学肥料や除草剤などに頼らない畑の生態系バランスを熟知した造りはテロワールの素晴らしさを最大限に引き出しています。ミュジニーとレ・ザムルーズが造りたくて、この仕事をしていると言い切る彼はシャンボール・ミュジニーの個性は特異なものと考えています。他のどの村よりもフィネスがあり、ミュジニーは別格としてレ・ザムルーズは唯一無二の個性があると語っています。

                                       ~AMZ資料より~

所有畑

ミュジニー

ボンヌ・マール

シャンボール・ミュジニー レ・ザムルーズ

シャンボール・ミュジニー レ・フュエ

シャンボール・ミュジニー レ・プラント

ニュイ・サン・ジョルジュ クロ・ド・ラ・マレシャル

シャンボール・ミュジニー ラ・コンブ・ドルヴォー

ベタが続きますがヴォギュエです。

私が初めてブルゴーニュに行った時に訪ねた生産者です。

 

名実ともにこのアペラシオンを代表する、偉大なドメーヌ

記録にヴォギュエの名が現れるのは1700年代の半ばだが、ルーツはそれ以前に遡り、ボーヌのオテル・デューを建立したニコラ・ロランと同時代までたどることができる。現在の所有者はクレール・ド・コザンとマリー・ド・ラドゥセット――ラベルにもその名が記されているドメーヌ中興の祖、ジョルジュの孫娘――。

1986年、ジョルジュのひとり娘エリザベートがドメーヌを継ぐと同時にスタッフも刷新、以前の醸造長アラン・ルーミエ――ドメーヌ・ジョルジュ・ルーミエの当主クリストフの父ジャン=マリの兄で、息子はエルヴェ・ルーミエを運営――から今のシェフ・ド・カーヴであるフランソワ・ミエを中心のチームに替えた。ミエのモットーはぶどうの声に耳を澄ますということ。そのため四角四面の決まりきったやり方ではなく、畑での作業からつくりまで、その年毎に即したフレキシブルかつ細心の注意をもって臨む。 栽培の面では化学肥料、農薬の類は用いず、こまめな手入れ――ミュジニーでは馬による耕作もおこなっている――をする。芽掻き、ヴァンダンジュ・ヴェールトを付し最適な房の量に調節、さらに当然トリもおこなうため収量は平均で25ヘクトリットル前後。基本的に全て除梗される果実は木製の発酵槽でアルコール発酵を開始。樽熟での新樽の比率は低く、例年グラン・クリュで多くて4割、その他は2割から3割という具合。テロワールに加えミレジム毎の自然な表情を引き出すことに腐心している。

12ヘクタール以上の地所があるドメーヌは、そのうちの10ヘクタールをミュジニーとボンヌ・マールが占める。10.7ヘクタールの広さがあるミュジニーは北からレ・ミュジニー、レ・プティ・ミュジニー、それにラ・コンブ・ドルヴォーの3つのリュー=ディからなるが、ヴォギュエは、レ・ミュジニーの半分とレ・プティ・ミュジニーのほとんどを所有し、アペラシオンの7割近くを独占するという、このグラン・クリュ最大の大地主。

ボンヌ・マールは最もシャンボル寄りに区画があるが、その個性はミュジニーとは確かに異なる。高いところで奏でられている響きにしっかりとした低音がバックを支え、繊細さここに極まれり、といった感のあるミュジニーに較べると、まるみがあり地に足のついたうまみが感じられるボンヌ・マールはスケール感、複雑さがより分かりやすいグラン・クリュといえる。

ドメーヌが所有するのは、ミュジニー、ボンヌ・マールの両グラン・クリュにプルミエ・クリュのレザムルーズ、それにヴィラージュのシャンボル=ミュジニーだけ。しかし1995年のミレジムからシャンボル=ミュジニーのプルミエ・クリュが加わった。これはグラン・クリュのミュジニーをデクラッセした赤で、ミュジニーの区画の若木――樹齢25年に満たないぶどう樹からの果実をプルミエ・クリュに格下げし、所有するミュジニーのうち半分前後がそれとしてリリースされている――からつくられる高い酒質のもの。

加えて以前にはなかったブルゴーニュACの白も存在する。ヴォギュエはミュジニーのなかの0.4ヘクタールの区画でシャルドネー種からミュジニー・ブラン――コート・ド・ニュイにおける唯一のグラン・クリュ白――を生んでいたが、1992年のミレジムを最後に姿を消した。ぶどう樹の植え替えに伴う措置で、1986年、1987年、1991年、1997年と段階的に改植してきたものの、まだミュジニー・ブラン――平均で35年以上の樹齢を目安――としてのリリース予定はなく、デクラッセしたブルゴーニュ・ブランとしての販売が続く。
                                 ~ラックコーポレーション資料より~

 

 

伝説と伝統、ヴォギュエなくして深遠なるワインは有り得ない

ドメーヌの所有畑は婚姻や相続、交換、購入を経ながらも、創立以来5世紀に亘って途切れることなく同一家族に守られている。ドメーヌに名を冠するジョルジュ・ド・ヴォギュエ伯爵は、父アルチュール氏の逝去にともない1925年に家督を引き継いだ。以後50年以上に渡りドメーヌを運営し、今日の世界的な名声を確立した。1987年のジョルジュ氏の逝去後は、一人娘のエリザベート・ド・ラドゥセット男爵夫人が18代目を務める。

所有は12.5ha。うちグランクリュが10ha。中でもミジュニィは7.2haと全体の3/4。古区画のプティ・ミジュニィはモノポール。年産わずか3.5万本を世界中の愛好家が分け合う。ドメーヌの評価は1970年代低下したこともあったが、1987年の当主交替の際にスタッフを一新し、かつての栄光を取り戻した。栽培責任者のブルゴーニュ氏、エノロジストのミエ氏、販売責任者のぺパン氏に分担が分かれ、それぞれが最高質のワイン造りという同じ目的を持って仕事に取り組んでいる。化学肥料は15年前より廃止。

農薬はリュット・アンテグラルで対応、除草剤は2000年より全面廃止、鋤き入れを行なっている。2001年にはボンヌ・マールで試験的に馬による鋤き入れを採りいれてみた。エノロジストのミエ氏は自らを、「ブドウが楽器だとしたら、自分は個性をひき出す指揮者」と考えており、「ヴィンテージ毎に性格の異なる収穫に普遍的な醸造は有り得ない」と語る。

                                      ~ヴァンパッション資料より~

 

 

最早多くを語る必要のないブルゴーニュを代表するトップドメーヌ。一時期低迷しましたが、醸造責任者のフランソワ・ミレ氏、栽培責任者のエリック・ブルゴーニュ氏、販売マネージャーのジャン・リュック・ペパン氏の3人が復興に尽力し、見事不死鳥の如く復活させました。綺羅星のように輝くワインを彼らはいつも家族に例えて語ってくれます。「ミュジニーは父親で、1級のレ・ザムルーズは母親のような存在。シャンボール・ミュジニーの村名とミュジニーの若い樹から造るプルミエクリュは無邪気で素晴らしい可能性を秘めた子どものようなもの。ボンヌ・マールはたまに家に来るおじさんみたいなものかな。クロ・ド・タールに近くて、性格も違うからね」テロワールの持つ力を最大限に表現する為、醸造では、新樽比率も抑えています。村名20%、1級30%、特級40%。これは「美しい女性にメイクアップは必要ない」という考えに基づいています。

                                             ~AMZ資料より~ 

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