ワインナビブログ

Michel Lafarge ミシェル・ラファルジュ

| コメント(0) | トラックバック(0)

ブルゴーニュワインの中でどこが好きか?と聞かれると難しいけど、ヴォルネー村ほど好き嫌いが分かれる村はないんじゃないかな?

まあ、そんなに話題に上がらんか(笑)。

私は、もちろん好きですし、この造り手は、昔からお客様に薦めてます。

 

Michel Lafarge ミシェル・ラファルジュ

 設立は19世紀の初頭に遡り、元詰めも1930年代からおこなっている由緒あるドメーヌ。現在、当主であるミシェルがその端々に目を光らせてはいるものの、栽培やつくりは息子フレデリックが妻シャンタルとともに担っている。ヴォルネーを中心̶̶0.6ヘクタールのモノポール"クロ・デュ・シャトー・デ・デュック"を含む̶̶にポマール、ボーヌ、ムルソー、それにレジオナルという構成で広さは12ヘクタールほど。以前から化学肥料や殺虫剤に頼らず、手入れを小まめに、自然のバランスを生かした耕作がなされてきたが、今では完全なビオとなっている。1997年、ACヴォルネーの2区画ではじめ、翌年はムルソ
ー、さらに1999年にはヴォルネーのプルミエ・クリュへと広げ、2000年ヴィンテージよりぶどうは全てビオ=ディナミで栽培されるようになった。そのため、収量は以前から厳しく切り詰めていたが、ビオ
に移行してからはさらに減った。 13世紀につくられたカーヴでは、果汁、ワインの移動は全て重力によるが、これはポンプの使用はワインにマイナス要因しかもたらさないとの結論から。つくりは年にもよるが、果梗を1割ほど残し、当然培養酵母は用いずに野性酵母のみで発酵をスタート。ワインに濃縮感をもたらすとされるセニエも、自然さを損なうとしておこなわない。新樽はプルミエ・クリュが2
割ほどで、多くても3割を超えることはない。このようにして生まれるのは、優美で透明感溢れるうまみあるワインで、テロワールを反映したアペラシオン本来の魅力が十全に感じとれるバランスに優れたもの。
 ドメーヌの名声のもととなっているヴォルネーをはじめとするヴィラージュ、プルミエ・クリュの素晴
らしさは言わずもがなだが、隠し玉的存在がレジオナルの"パストゥグラン"と"アリゴテ"。なかでも"レクセプシオン"と"レザン・ドレ"の酒質の高さには群を抜くものがあり、よい意味でアペラシオンの概念を裏切ってくれる。
 2005年のミレジメからはボーヌのプルミエ・クリュである"レゼグロ"の赤と白に、ヴォルネーのプルミエ・クリュ"レ・ミタン"がポート・フォリオに加わり、より充実さを増すラファルジュである。

 

                                   ~ラックコーポレーション資料より~

Domaine Romanet  ドメーヌ・ラモネ

| コメント(0) | トラックバック(0)

今週末カボットでは、『ムルソー、ピュリニー・モンラッシェ、シャサーニュ・モンラッシェのプルミエ・クリュ』をテーマにBYO(持ち込み)のワイン会が行われます。

さてさてこの造り手は登場するのか?! 

 

 

 Domaine Romanet ドメーヌ・ラモネ

 

1920年代前半、ピエール・ラモネ氏によって設立されたドメーヌ。ピエール氏が最初に購入したのは1.5haのシャサーニュ1級レ・リュショット。現在では誰もが認めるトップ・ドメーヌも草創期の原点はここから始まった。ドメーヌ設立当時の1920年代から元詰を開始、その直後にアメリカ市場に紹介されたことが、世界最高の白ワイン生産者の1人として今日の名声を獲得するきっかけとなった。

初代ピエール氏は1994年に他界するまでカーヴに立ち続けた伝説の人物で、そのワイン造りの精神は2代目アンドレ氏、3代目ノエル氏にもそのまま引き継がれている。醸造自体は意外にもシンプル。このドメーヌの名声を支えてきたのは、紛れもなく畑での細やかな作業によって産み出される葡萄の質の高さに尽きる。葡萄樹の生体バランスを失い、樹の寿命を早めるとして夏の摘房を避け、春先の摘芽、摘穂を5~8芽だけ残すように厳しく行なう。

雹や霜の被害にあって収量が激減しても「その時は仕方ない」と考える。収量よりも、品質を最優先としている証である。このドメーヌでは、ブルゴーニュにありがちな「お家騒動」を避け、また、婚姻や相続などによって畑が分割されてゆくのを防ぐために、ブルゴーニュではいち早く親族で会社組織にした。これにより、後世努力を怠ることがない限り、ドメーヌの名声は約束されるだろう。

                                   ~ヴァンパッション資料より~

Lefaive ルフレーヴ

| コメント(0) | トラックバック(0)

ピュリニー・モンラッシェと言えば、まずはここから。

マコン・ヴェルゼに続き、また新しいアイテムが増えたようですね。CLACなるプロジェクト(あまり知られていないアペラシオンや、アンヌ=クロードと志を同じくするつくり手のワインを発掘し、提供していく)を立ち上げたりと勢力的ですね。

 

Lefaive ルフレーヴ


モンラッシェを始めとする4つのグラン・クリュを筆頭にプルミエ・クリュ、ヴィラージュ併せて25ヘクタール弱――ヴィラージュとレジオナル双方は8ヘクタール弱に過ぎず、他は全てグラン・クリュとプルミエ・クリュ――を所有するルフレーヴ。この居並ぶもののない陣容を誇るドメーヌが生み出すのは、しっかりとテロワールが刻印されたピュリニーの粋とも言うべきワイン。

 
ドメーヌの歴史は1580年まで遡ることが出来るが、ピュリニーでのワインづくりを開始するのは18世紀初頭、そして現在の姿となるのは前世紀の始め。1920年代より評価は高かったが、今日の世界的名声は、1990年よりドメーヌを引き継いだ現在の女性当主アンヌ=クロードの父ヴァンサンと彼の兄ジョー――ジョーは1982年、ヴァンサンは1993年死去――によって築き上げられた。

現在ぶどうの栽培は、プレパラートの使用や月の満ち欠けに即した耕作など厳密なビオディナミとなっている。取り組みは1989年と、アンヌ=クロードが継承したのと前後する時期からで、ピュリニーにおけるビオディナミの先駆的存在でもある。また一部の区画では耕作に馬を使用するなど、ビオディナミに加え、テロワール重視の姿勢が貫かれている。さらにぶどう樹の改植もローテーションを組み、例えばクラヴォワヨンの場合、1959、1960、1962、1972、1973、1981、1983、1988年という具合でこまめに植え替えをおこなっている。

ビオと並ぶドメーヌの特筆すべきことがらとしてクリーンということが挙げられる。これはヴァンサンの時代から徹底されてきた作業で、シェには数多くの水道栓とホースがあり、収穫、醸造用器具、そして醸造所内と、常に清潔に保つための尋常ならざる心配りがなされている。

プレスした果汁は24時間のデブルバージュの後、アルコール発酵となるが、期間は平均で2週間ほど。その際、温度は摂氏25度前後で進み、高いときは28度付近まで上がる。また、シャプタリザシオンは基本的におこなわない――近年では2004年と2007年に多少袋詰めの太陽を使用した――。樽はアリエを主にヴォージュ産も使用し、新樽はブルゴーニュACに1割強、ヴィラージュで2割弱、プルミエ・クリュが2割強、そしてグラン・クリュでも4分の1と使用比率は低い。週に2回から3回のバトナージュをおこないながら、平均で12ヵ月前後の樽熟成を経て後タンクに移し6ヵ月ほど熟成させ、瓶詰め。

出来上がるワインは、モンラッシェとシュヴァリエを除けばリリースされてすぐにも愉しめる口当たりとバランスのよさ。ピュリニーというアペラシオンの教科書として、また単に最高水準のシャルドネーを味わいという向きに、ルフレーヴはその期待に応えてくれる。しかしこのドメーヌの場合、熟成が不可欠。テロワールの特徴を纏い、なによりもうまみが横溢する完成したワインとしての姿は熟成によって望めるのである。

磐石なドメーヌも日々変化を遂げていて、シェフ・ド・カーヴが2008年の7月に替わった。1989年以来務めてきたピエール・モレの後を継ぐのはムルソー在のエリック・レミー。彼を幼い頃から知るピエールがおこなった人選で、エリックの手腕が試されるのは2008年のミレジムからとなる。さらにあまり知られていないアペラシオンや、アンヌ=クロードと志を同じくするつくり手のワインを発掘し、提供していくというプロジェクトもスタートした。CLAC――アンヌ=クロードや伴侶の頭文字――と銘打って、彼女がプロデュースするワイン群で、ラベルのデザインも統一し、2008年からリリースされた。


○モンラッシェ
シャサーニュ側にある0.1ヘクタールに満たない区画だが、ルネ・フルーロから譲り受けた区画には1960年植え付けのぶどうが植わる。アリエ産の新樽のみで発酵――熟成には旧樽も用いる――させるワインは1樽から1樽半の生産量しかない。

○シュヴァリエ=モンラッシェ
7.4ヘクタールの広さがあるシュヴァリエにルフレーヴは4分の1以上――3パーセル、ぶどうは1955年から1974年の植え付け――を所有する。ワインは背筋が通ったミネラル感たっぷりの、シュヴァリエのお手本とも言うべきもの。

○バタール=モンラッシェ
4パーセルを所有するが、クリマ同様ピュリニー、シャサーニュ双方の区画からつくられ、平均の樹齢も30年以上を数える。ルフレーヴで最もふくよかなワインで、このグラン・クリュの持ち味が遺憾なく発揮されている。

○ビアンヴニュ=バタール=モンラッシェ
ビアンヴニュ最大の地主で、3分の1弱の1ヘクタール強をひとかたまりで所有。樹齢50年になるヴィエーユ・ヴィーニュから生まれるワインはバタールに較べ、よりエレガントさを感じさせる仕上がり。

○ピュリニー=モンラッシェ・レ・ピュセル
バタール、ビアンヴニュに接しているプルミエ・クリュ。この区画の上部にあるカイユレとともにグラン・クリュとプルミエ・クリュをつなぐ存在で、ルフレーヴのピュセルも明らかにクラスを超えた深み、優雅さを備えている。

○ピュリニー=モンラッシェ・レ・コンベット
ムルソー側にあるプルミエ・クリュでぺリエールに接しているワインは割合カタめの仕上がりとなる。1963年と72年のぶどう樹が植わるこの区画はルフレーヴが所有するクリマのなかでは最も小さく、広さは0.7ヘクタール強。

○ピュリニー=モンラッシェ・レ・フォラティエール
クラヴォワヨンの上部斜面に位置する、ピュリニーのトップ・グループとなるプルミエ・クリュ。樹齢40年ほどのぶどうからつくられるワインは、ルフレーヴのプルミエ・クリュのなかでは最もふくよかなもの。

○ピュリニー=モンラッシェ・クラヴォワヨン
ピュリニーのアペラシオンのほぼ中央に位置し、ルフレーヴは広さ5.5ヘクタールのうちほとんどといっていい4.7ヘクタールを所有。安定した完成度の高いワインで、ルフレーヴの力量を知るにはうってつけの1本となっている。

○ムルソー・スー・ル・ド・ダーヌ
ドメーヌ唯一の赤だったブラニー・スー・ル・ド・ダーヌは2001年のミレジムで姿を消し、替わって新たにムルソーのプルミエ・クリュ、ムルソー・スー・ル・ド・ダーヌとして2000年のミレジムからリリースされている。

○ピュリニー=モンラッシェ
所有する7パーセル――総面積は5ヘクタールに達する――はムルソーからシャサーニュ側まで満遍なく散らばり、このアペラシオンの気品といったものがしっかりと体現されている、まさに教科書的存在のワイン。

○ブルゴーニュ
2パーセル――レ・パルティエとウリエール――からつくられ、双方ともヴィラージュの区画に接しているという上々の立地。このカリテ・プリなワインは、リリース後すぐに完売となるほどの人気がある。

○マコン・ヴェルゼ
ドメーヌ表示だが、所有畑ではなくメテヤージュでの生産となっている。場所はマコンというよりはプイイ=フュイッセに近い、ヴェルゼの村。アンヌ=クロードのいとこにあたるポール・ド・ノゥエが、樹齢25年ほどのぶどうが植わる9.5ヘクタールの耕作を担当し、当然栽培はビオ。2004年のミレジムから生産を開始した。

                                    ~ラックコーポレーション資料より~

なんだかすっかりブルゴーニュ好きなふりをしてますが(すいません、ほんとに好きです)、これでも人並みにボルドーワインを飲んでから、この世界(?)に入りました。

そんな危険なブルゴーニュの世界に入ったきっかけとなったのがこの造り手。

 

現当主エティエンヌに初めて会った時、正直あまり良い印象ではなかったですね。なんでなのかはうまく言えませんが一言でいえばビジネスライクだったからかなー。

まあ、ワインが美味しければいいと(人じゃない?)思いますよ!

 

Domaine de Montille ドメーヌ・ド・モンティーユ

 

ヴォルネー、ポマールで一、二を争うワインを生んでいた在ドメーヌは現在の当主エティエンヌが率いるようになって大きく飛躍した。父ユベールから受け継いですぐの1993年、初めて白の区画を入手――アペラシオンはピュリニー、プルミエ・クリュのル・カイユレがそれで、かのモンラッシェからわずか20メートルに位置する卓越したクリマ――。

さらに2005年にはムルソーの村にシェとカーヴを購入、設備も新たに陣容を整え、グラン・クリュ、さらにはコート・ド・ニュイにも区画を取得――コルトン、クロ・ヴジョーにヴォーヌ=ロマネのプルミエ・クリュのマルコンソール、それにニュイ=サン=ジョルジュなど――、耕作面積も当初の7ヘクタールから倍以上の17ヘクタールに広がった――プルミエ・クリュが大半を占め、次ぎにグラン・クリュが続き、ヴィラージュとレジオナルは各1銘柄のみという内容――。

ドメーヌの名声を高めたユベールと同じく弁護士でもあるエティエンヌ――フランス革命以前からヴォルネーの地に所領があり、貴族でもあったモンティーユ家は代々法曹関係を輩出してきた――は、以前のデリケートなタイプながら長い時間をかけて熟成するスタイルはそのままに、近年より柔軟性を備えたワインを生むようになった。

20年近く前から畑ではビオロジーク――それまでも除草剤などは使用せずに栽培はおこなっていた――を取り入れてきたが、現在ではほとんどビオディナミでの耕作となっている。収量はミレジムで異なるものの、芽掻きでしっかりと切り詰め、さらに徹底的にトリ――年にもよるが2割近い果実を廃棄することもある――を付し、高くてもヘクタール当たり30ヘクトリットル台に抑えている。

つくりは非常にフレキシブルで、ミレジムによっては180度異なるといってもよく、例えば2004年のヴォルネーの全銘柄は100パーセント除梗したが、2005年は逆に全く除梗せず、果実のカットもしなかった。アルコール発酵は高めの温度まで引き上げ、ルモンタージュはせずピジャージュも少なめ。

新樽は通常多くても3割を超えないが、2007年の場合、同じグラン・クリュでもコルトン・クロ・デュ・ロワには3分の1、クロ・ヴジョーに半分をあてがった反面、プルミエ・クリュのマルコンソール・キュヴェ・クリスティアーヌ――マルコンソールのなかでもラ・ターシュに入り込んだ区画で、テロワールもほとんどグラン・クリュと同等――は8割という高い比率でしつけた。期間は20ヵ月前後と長めにとり、清澄、フィルターは無し。

生まれるのはピノ・ノワール本来の透明感ある色調の、舌の上にくっきりとした輪郭を描き出す、うまみ十分の美しくエレガントなワイン――ユベールの時代と同じくアルコールは高くても13パーセント止まり――。そして本拠地ヴォルネーのタイユピエとミタンとが異なるクリマであることが如実に実感できるテロワールの異なりもしっかりと表現されている。

なお2010年よりドメーヌ・ド・モンティーユとエティエンヌが支配人を務めるシャトー・ド・ピュリニー=モンラッシェは弊社のエクスクルーシヴとなった。
                                  ~ラックコーポレーション資料より~

Denis Mortet ドニ・モルテ

| コメント(0) | トラックバック(0)

この造り手の話を読めるだけでもこの本を買う価値がある!

かどうか分かりませんが、やっぱりもっとワインを造って欲しかった!とは思いますね。

引き続き息子さんがいいワインを造っていると藤巻さんも言ってましたね

 

Denis Mortet ドニ・モルテ

濃縮感に富んだ艶やかなワインで、ブルゴーニュでトップのつくり手たちの仲間入りを果たしたドメーヌは、2005年初め、ドニの死去という突然の不幸に見舞われた。現在は息子のアルノー――まだ20代後半だが、1997年からドメーヌを手伝い始め、その後もメオ=カミュゼやルフレーヴ、さらにオーストラリアで研修を積んだ――が母親のローランスとともにワインづくりに取り組む。

11ヘクタール以上の地所からワインを生むが、グラン・クリュのシャンベルタン――広さは0.15ヘクタール、1983年からフェルマージュで生産を開始し、1999年よりドメーヌの所有となった――を頂点に、クロ・ド・ヴジョーと4銘柄のプルミエ・クリュ、それにヴィラージュ、レジオナルという内容だが、ジュヴレだけで8ヘクタールを超える面積がある。

今日、畑へ還れという言葉はすこしも珍しくないが、ドメーヌでは以前からテロワールを重視し、祖父シャルル――父ドニは1970年代半ばにシャルルの元で働き始め、1990年代初頭、その引退に伴い跡を継いだ――の時代から化学肥料などは用いず、一貫して有機栽培での耕作をおこなってきた。

これらのぶどう樹はヘクタール当たり1万本の強い密植がなされ、樹齢は高く、レギュラーのジュヴレACでも20年から50年、そのヴィエーユ・ヴィーニュは70年から80年、ヴィラージュのアン・シャンとプルミエ・クリュのシャンポーで80年を超える樹齢となっている。

ドメーヌではヴァンダンジュ・ヴェールト――基本的に7月半ばと8月の終わりの2回実施――に、厳しいトリ――2008年、半分に達する果実を廃棄した銘柄もあった――も付し、収量を抑えるが、例年の平均はヴィラージュのジュヴレで30ヘクトリットル台半ばという数字。そして過熟はさせず、酸の落ちないうちに収穫を開始、最終的にアルコール換算で0.5パーセントから1パーセントのシャプタリザシオンをおこなう。

醸造の面で徹底しているのは100パーセントの除梗。ワインに苦味、青臭さが付くことを避け、果梗は用いない。また果汁はヴァン・ド・グートのみ使用、ヴァン・ド・プレスはネゴシアンへ売却する。発酵は低温のマセラシオンを含め長期にわたり、その際ピジャージュよりもルモンタージュを多用するが、タンニンの質を損なわないよう、おだやかに循環させる。

2006年のミレジメより新樽の割合も変化した。父ドニの時代、ヴィラージュ以上は100パーセントの新樽でしつけていたが、アルノーになってからはマルサネで4割、ジュヴレACは半分、ジュヴレのヴィエーユ・ヴィーニュで6割から7割という比率に下げた――残りは1アキ樽――。用いる樽材も36ヵ月間と通常より1.5倍ほど長く乾燥させたものを使用。1年半前後の樽熟の後、瓶詰めとなるが、清澄にフィルターは無し。

新生ドメーヌの力量は最も生産量の多いジュヴレACで推し量ることができる。深みある色調のワインは、ヴォリューム感ある果実を粗さはないものの十分なタンニンと酸が支えるというしっかりとした構造はそのままに、父ドニの時代に較べ明らかに滑らかさとエレガントさを増した。

2006年産よりラベル下部には、つくりはアルノーがおこなっているとの"vinifie par Arnaud Mortet"の字句も入った。なお2008年のミレジムよりフィサンはシャン・プヌボーのリュー=ディが記され、加えてこの年より初めてロゼをリリース――果皮を24時間マセラシオン――という、ドニ亡き後、着実に歩みを進めるドメーヌ・モルテである。

                                     ~ラックコーポレーション資料より~

Bernard Dugat-Py ベルナール・デュガ・ピィ

| コメント(0) | トラックバック(0)

濃い造り手ではあるが、なぜか昔から好きだったな~。濃いだけではない何かがある気はしていたものの、テロワールとワインの造り手たちを読んでその理由が、なんとなく分かった気がする(ホントか?)

 

この本で彼の好きな言葉が紹介されいるのでこちらでも、、

 

『ほかのライオンのまねをしようとするライオンは、サルでしかない』

 

個人的には、この言葉より注釈に出てきたこの言葉の方にグッときた。

 

『神は水しか造らなかったが、人はワインを造った』

人がいなければテロワールは成り立たんって事ですね。

共にヴィクトル・ユゴーのお言葉です。

 

 

Bernard Dugat-Py ベルナール・デュガ・ピィ

 

濃密な果実味をバックボーンに備えながら、あくまでピノ・ノワール特有のエレガントさを体現しそれに個々のテロワールの差異が彩りを添える、といった具合のワインは、確かに現在のブルゴーニュで望みうる最上の1本。1975年の収穫からドメーヌに携わり、1989年のヴィンテージより元詰を開始したドメーヌ・デュガ=ピィの当主、ベルナールが生むワインである。

妻のジョスリーヌと息子のロイック――ひとり娘のマガリーもドメーヌに入った――で、10ヘクタール強の広さを切り盛りするが、畑は、殺虫剤や化学肥料の類は一切使用せず、日々こまめな手入れを必要とするビオロジークで耕作。1998年より開始し、2003年からは全ての地所でおこなうようになった。

ヘクタール当たり1万本前後というのが強い植栽密度だが、デュガ=ピィの場合、より多い本数が見られ、ジュヴレのプルミエ・クリュ、プティト・シャペルやシャンベルタンでは1万3000本という尋常ならざる密植。加えて樹齢は若くても20年から30年、ほとんどの銘柄はヴィエーユ・ヴィーニュの表示があり、それらのぶどう樹は50年から90年と常軌を逸した古さ。

ギュヨ・サンプルで仕立てられたヴィエーユ・ヴィーニュのぶどう樹は強い密植ときつい剪定に芽掻きから収量は自然と落ち、豊作の年でも30ヘクトリットルを超えることはない――エヴォセルにおいては2001年で19ヘクトリットル、1997年はたったの7ヘクトリットルだった――ため、ヴァンダンジュ・ヴェールトはほとんど必要としない。収穫は決して遅摘みはせず、総じてバン・ド・ヴァンダンジュより早く――当然、許可を得てだが――おこなっている。

畑においてしっかりとトリを付されたぶどうは、傷付きや潰れるのをふせぐため、数十センチ四方で深さは20センチ弱しかないキャリアーでカーヴに運ばれるが、その際はトラクターなどではなく保冷車のヴァンを使用。収穫されたぶどうを細心の注意を払って運搬することにかけては、このベルナールの右に出るものはいない。

つくりはキュヴェ、ミレジメにより異なり、フレキシブルな対応を見せる。除梗は基本的にしないが、ぶどうの熟し具合によっては半分ほどおこなう場合もある。イノックスのタンクは用いず、セメント槽と木桶で野生酵母によるアルコール発酵、ピジャージュ、ルモンタージュは必要最少限――2005年のシャンベルタンといくつかのキュヴェでは無し――にとどめる。果汁、ワインの移動にポンプは用いず、グラヴィティ・フローでおこない、余計な負荷を掛けない。新樽――焼きはごく軽いものを使用――はブルゴーニュACに2割前後、ジュヴレのヴィラージュで3分の1から3分の2――クール・ド・ロワは新樽のみ――の割合だが、それら以外は基本的に100パーセント使用。そして清澄、フィルターなしでの瓶詰めとなるが、その際SO2の使用は最低限にとどめている。

本拠地ジュヴレにはデュガ=ピィ独自の銘柄がある。ジュヴレ=シャンベルタンのクール・ド・ロワはリュー=ディの名ではなく、樹齢50年から90年になる古木を中心に、好立地にある区画をセレクションしたワインに付けた名称。ジュヴレ=シャンベルタン・プルミエ・クリュはフォントニー、コルボーそれにペリエール、の3区画のブレンドで樹齢の平均は50年。また2000年ヴィンテージからお目見えしたACブルゴーニュのキュヴェ・アリナールは、中身はれっきとしたジュヴレ=シャンベルタン。国道74号線の東側にある平坦な区画の樹齢30年未満のぶどう樹から、ドメーヌではデクラッセし、ACブルゴーニュとしてリリースしている。

2003年よりムルソーとポマールの生産を開始、さらに2004年のミレジメからはシャサーニュ=モンラッシェのプルミエ・クリュ、モルジョ、加えてジュヴレ=シャンベルタンにも数区画とドメーヌの規模も徐々に大きくなってはいるが、そのあまりに殺到する需要のため、ほとんど焼け石に水状態。

                                      ~ラックコーポレーション資料より~

 

Louis Jadot ルイ・ジャド

| コメント(0) | トラックバック(0)

『ブルゴーニュのネゴシアンでどこが好きですか?』とたまに聞かれる。

『好きなワインはなんですか?』と良く聞かれる。

後者はいつも迷ってしまって、なかなかはっきりとした答えが出せないのだが、前者はこの生産者だとはっきり言えます。

醸造責任者を務めるのは、 奇才ジャック・ラルディエール。彼のお話を一度だけ聞く機会がありましたがいい意味で変態です(笑)。テロワールとワインの造り手たちでもその変態ぶりが垣間見れますのでぜひご覧ください。

Louis Jadot ルイ・ジャド

 

歴史 

ルイ・ジャド社は1859年に創立した、ブルゴーニュでも有数のネゴシアン・エルヴールです。1962年に<ルイ・オーギュスト・ジャドが死去した後、マダム・ジャドはルイ・オーギュストの片腕だったアンドレ・ガジェにこの由緒ある会社の将来を託しました。今日ではアンドレ・ガジェの息子であるピエール・アンリ・ガジェが、同社の社長として運営にあたっています。1998年に本社はボーヌのサミュエル・ラジェイ通りからウジェーヌ・スピュレール通りへと移転し、1500平方メートルの広さを持つ地下セラーは、隣接するジャコバン修道院の地下へとつながっています。

 

ルイ・ジャド社 

ルイ・ジャド社はネゴシアンとしてブルゴーニュ・ワインの取り引きにかかわる一方、総面積154ヘクタールのブドウ畑を所有する大ドメーヌでもあります。ドメーヌはその所有形態に応じて、ドメーヌ・エリティエ・ルイ・ジャド、ドメーヌ・ルイ・ジャド、ドメーヌ・ガジェ、ドメーヌ・デュック・ド・マジェンタなどに分かれ、それぞれワインのボトルに明記されています。自社畑の範囲はジャヴレ・シャンベルタン村からサントネー村までのコート・ドール全域にわたり、さらに1996年にはボージョレ地区のシャトー・デ・ジャックを入手しました。格付けのないボージョレは例外として、コート・ドール地区に所有する自社畑のほとんどがグラン・クリュとプルミエ・クリュで占められていることも特筆すべき点です。とくにボーヌ・プルミエ・クリュ・ヴィーニュ・フランシュの一部であるクロ・デ・ズルシュールは、2.75ヘクタールのモノポール(単独所有畑)として有名です。17世紀から知られる銘醸畑で、1826年、まだ一介のブドウ栽培農家にすぎなかったジャド家が買い取りました。1954年から少しづつ植え替えが行われ、平均樹齢35年になるこのピノ・ノワールから、時には他のコミューンのグラン・クリュを凌駕するワインが生まれます。

ワイン造り

 同社のワイン醸造の責任を担っているのは、才知あふれる醸造家のジャック・ラルディエールです。1970年からルイ・ジャドのワインに携わってきた彼のポリシーは、あらゆるワインにおいて、テロワールの個性を最大限引き出すことにあります。そのため、ブルゴーニュ・ワインの醸造にとって重要な役割を果たすオーク樽は、ルイ・ジャド社の資本のもと、1996年、ラドワ・セリニー村に創立した樽製造会社カデュスで作られています。ここでは樽材の乾燥から組み立てまで一貫した生産が行われ、オーク樽の品質を徹底的に管理することができるようになりました。また、1997年の秋にはボーヌ郊外に、最先端の設備を備えた醸造施設が完成。ルイ・ジャド社のワインの品質をさらに高めるに至っています。

                                          ~日本リカー資料より~

Phillippe Charlopin フィリップ・シャルロパン

| コメント(0) | トラックバック(0)

しばらくは、テロワールとワインの造り手たちのネタが続きます。

この造り手、ちょっと(かなり?)変わっていると聞いていましたが、文章もなかなか面白い。

「アメリカ人は僕らにまでテクニカルワインを造らせようとしているが、これはまちがっている。ばかばかしいくらい大きなまちがいだ。アメリカは地球環境の最大の汚染者であるうえ、環境汚染をストップするために方向転換することにさえ二の足を踏んでいることを肝に銘じておこう。」

んー、何だかご立腹ですね(笑)。

ちゃんとテロワールの話もしてますので詳しくは本をご覧くださいませ。

 

"ブルゴーニュの巨匠・アンリ・ジャイエ氏も絶賛する、若き醸造家"

アンリ・ジャイエ氏に毎年新酒を利いてもらうが、果梗が多すぎると酷評が続く。ついに1990年、「やっとワイン造りがわかったな」と褒められる。

フィリップの父、アンドレは孤児でアリエール・コートで育てられた。
自分のドメーヌを持ちたいと、稼いだ金を一生懸命ためて少しずつ畑を買い取っていく。そうして集めた1.8haの畑を譲り受けたフィリップは、さらに素晴らしい畑を探し求め、現在は13.77haをも所有している。

1988年に、ラトゥール一族のマダム・ジョスリーヌ・バロンに人柄を見込まれ、ル・シャンベルタンを任されるようになる。ジュヴレイ村の古いセラーを買取り、名実ともにジュヴレイのドメーヌとなる。

数ヶ所に分かれた畑のそれぞれのテロワールを生かすことを十分に考えているため、仕込み方法は一様ではない。ゆっくりした発酵・熟成と澱によって、ピノ・ノワールの魅力を十分に引き出し、酸味が柔らかく果実味の濃いワインに仕上げている。
果実味にボリューム感があり、若いヴィンテージでも旨味があるが、もちろん長期熟成にも耐えられるワインである。

所在地 : ブルゴーニュ地方 ジュヴレイ・シャンベルタン村
栽培面積 : 13.77ha
葡萄品種 : ピノ・ノワール、シャルドネ
葡萄栽培 : 低収穫、厳しい選果
発酵前 : 長期冷温浸漬法 (約1週間、果実と果汁を漬ける)
発 酵 : 30℃以下で15-25日の長期間

                                ~ヴァン・シュール・ヴァン資料より~

 

 

フィリップ・シャルロパンはコート・ド・ニュイにおけるモダンなワイン造りの先駆者。
1956年生まれのフィリップ・シャルロパンは、22歳のときに父アンドレから2ha弱の畑とドメーヌを引き継ぎワイン造りを始めました。マルサネ、フィサン、ジュヴレ・シャンベルタン、モレ・サン・ドニ、シャンボル・ミュジニー、ヴォーヌ・ロマネに17haの畑を持ち「シャンベルタン」「ボンヌ・マール」「エシェゾー」などなんと8つのグランクリュを醸造しています。

テロワールの型にはまらない、凝縮感がある筋肉質なワインを生産してきましたが、1997年以降からはよりエレガントなスタイルへシフトしてきています。また、フィリップ ・シャルロパンはピノ・ノワールの神様と呼ばれるアンリ・ジャイエから指導を受けていた一人で、ジャイエから愛弟子として可愛がられていたと言われています。当初、ワイン造りの途中でアンリ・ジャイエのアドバイスを常に聞きながらワインを造っていましたが、いつしかアドバイスを聞かずに出来上がったワインをただ持っていくようにな り、そのワインを飲んだアンリ・ジャイエに「まさに私が言いたかったように、そのとおりに造っているな」と言わせてしまうほどの実力をつけるようになりました。そのため、ワイン造りにおいては師であるジャイエの影響が色濃く見られます。

フィリップ・シャルロパンのモットーはあくまでも自然なワイン造り。
葡萄の栽培には除草剤と化学肥料は使用せず、殺虫剤代りにフェロモンカプセルを用いるリュット・レ ゾネ(減農薬農法)を採用。葡萄の樹齢は概ね高く、エシェゾーにいたっては樹齢70年にも及びます。完熟葡萄の収穫はもちろんのこと、厳しく選別した果実は除梗した後、一週間に及ぶ低温のマセラシオン発酵が行われます。培養酵母の使用と補酸は決して行わず、その後は瓶詰め直前まで澱引きせずに樽熟成されますが、新樽比率が高いこともそ の特徴として挙げられます。

若いうちは樽香が強く感じられますが熟成を経てワインのアロマと溶け込み、洗練された奥行きのある味わいに変化します。果実味とアロマに溢れ、精妙なフィネスを備えた 確固たるシャルロパンのスタイルはブルゴーニュの最高峰の一つといえるでしょう。

                                         ~エノテカ資料より~

 

 

Bruno Clair ブリュノ・クレール

| コメント(0) | トラックバック(0)

なかなか読み終わらない『テロワールとワインの造り手たち』なんですが、とても面白く読ませていただいております。ゆっくり楽しませていただきます。

その中にも登場するこの造り手のお言葉もなかなか興味深い。

 

かつての名ドメーヌ、クレーユ=ダユを継承する高水準のドメーヌ

高い酒質のワインで定評のあったドメーヌ・クレール=ダユ――1919年、ブリュノの祖父にあたるジョゼフが設立、本拠地マルサネの向上に尽力した――が相続にともなう分裂の後、1980年代半ばに生まれたのがこのドメーヌ・ブリュノ・クレール。ワインを生み出す区画のほとんどは一族からのフェルマージュだが、アペラシオンはグラン・クリュからレジオナルまでとバランスがとれ、その総面積は20ヘクタール以上に達する規模の大きいドメーヌ。

最小限の有機肥料とこまめな手入れでしっかり管理されるドメーヌは、現在ブリュノとその片腕であるフィリップ・ブラン――つくりを担当――との二人三脚で運営されている。しっかりとトリを付した果実を用いる赤は、どちらかというと濃い色調ではあるものの、つくりに頼るようなところはなく、ぶどうはごく自然にワインに変身する。低温浸漬などはおこなわず、年にもよるが100パーセントの除梗はせず何割かは茎を残す。開放の木製発酵槽で野生酵母によるアルコール発酵は2週間から3週間におよび、日に数回にわたるピジャージュで色素と構成要素の抽出を図る。また新樽の割合は高くなく、ミレジム、銘柄にもよるが2割から5割ほど。

白はレジオナル、ヴィラージュともに樽発酵。なかでもグラン・クリュのコルトン=シャルルマーニュは3割の新樽を用いている。そしてロゼ。ドメーヌのもうひとつの顔ともいえるマルサネはピノ・ノワール100パーセントを使用し、3分の1は白と同じく収穫後すぐに圧搾し、色の付かない果汁を得る。残り3分の2は1日から3日間の低温のマセラシオンの後プレス、ほのかに色付いた果汁となる。それらをアサンブラージュし、イノックスのタンクでアルコール発酵。その後、フードルで8ヵ月間から12ヵ月間の樽熟。

植えられているのは平均で30年前後と安定した樹齢のウイルス・フリーのぶどう樹。なかにはサヴィニーのプルミエ・クリュ、ラ・ドミノード――1.7ヘクタールのなかの1ヘクタール強を占めるのは樹齢100年以上を数える1902年の植え付け――やクロ=ド=ベーズ――やはりその3分の2は1912年植え付けのぶどう――など尋常ならざる古木も見られる。

加えてヴィラージュ・クラスの立地も上々。モレのアン・ラ・リュ・ド・ヴェルジはクロ・ド・タールのすぐ上だし、シャンボルのレ・ヴェロワーユもボンヌ・マールの上部。それにヴォーヌ=ロマネのレ・シャン・ペルドリにいたってはラ・ターシュとグランド・リュの上部斜面というクオリティの高さ。ワインはテロワールを反映し、それぞれに素晴らしい仕上がりを見せている。

なお2006年のミレジムより貸し出していたボンヌ・マールが戻ってきた。広さは0.4ヘクタール、クロ・ド・タールに接する区画からつくられ、今後はクロ・ド・ベーズと並ぶドメーヌの柱となるグラン・クリュである。

                                      ~ラックコーポレーション資料より~

 

『私はたまたま、ジュヴレ・シャンベルタン村の二つのクリマでワインを造っている。クロ・サン・ジャックとレ・カズティエだ。この隣り合う二つの区画は、どちらも1958年に、同じ台木を使って同じぶどう樹が植えられた。どちらのぶどうも同時に成熟し、同時に収穫をおこなう。だが、ふたつのワインは確実に表現が異なる。これはまぎれもない事実だ。』

                              ~テロワールとワインの造り手たちより~

 

さてさてカボットで飲み比べますか??

 

 

Chevrot シュヴロ

| コメント(0) | トラックバック(0)

今年の年末はまたブルゴーニュに行くことにしました。今回は初のローヌもありです。一昨年のように体調を崩さぬよう今から体調を整えねば!

で、、今度はどこの生産者に行こうかなーと考えていると、友人がシュヴロを紹介してくれるという。ちょっと遠いけれどマランジュへは一度も行った事がないのでお願いする事に。まあ、年末なのでアポが取れるかは微妙ですが、、

 

マランジュらしさを追求しマランジュの常識を覆す
コート・ド・ボーヌ最南端のAOCマランジュ。数多くあるブルゴーニュのアペラシオンの中でも指折りのマイナー産地。しかし、AOCに認定されてからの20年間マランジュはかつてない程のスピードで進化を遂げている。(かつてマランジュはコート・ド・ドールの隣のソーヌ・エ・ロワール県に位置し、コート・ド・ボーヌの地図では隣村のサントネイまでしか載っていなかった)3つの村の統合により1989年、コート・ド・ボーヌ最南端のAOCとしてマランジュが誕生した。1997年、サン・ヴァンサンの祭りがマランジュで開催されたのをきっかけに社会的にも認知されるようになった。ドメーヌ・シュヴロは日本人のかおり・シュヴロさんが当主の奥様であることで日本ではお馴染みだが、もともと地場に密着し、堅実にワインを造り続けた実力派ドメーヌ。近年では全面ビオディナミの採用に切り替えたマランジュを表舞台に押し上げた功労者の1人。コート・ドールの南の玄関口であるマランジュ村は2億年以上前のジュラ紀の土壌から成っており、シュヴロの所有する8haの畑もその時代の石灰土、粘土と白亜の混合土が表土を形成し、葡萄栽培には恵まれた環境にある。現在最も古いもので80年、平均で35年の畑では3代に渡って自然環境に敬意を払い、土に息吹を吹き込むように丁寧に耕作を行ってきた。(現在では完全有機栽培への移行も完了)科学的肥料の不使用。トラクターを使用せず、馬による耕作によって土を固めないよう配慮。現在ドメーヌは3代目の兄パヴロと弟のヴァンサン、そしてパヴロの妻かおりさんによって運営される。家族経営ドメーヌ。ワインは硬く、ファーストノーズからミネラルを感じさせる引き締まった味わいでバランスの良さと伸びのあるフィニッシュが印象的。マランジュ村のワインは圧倒的に赤が多く、粘土成分の多い土壌も黒葡萄に向いている。しかし、シュヴロは白ワインでも注目を集めている。現当主パヴロの父が自分の畑に植わる樹齢の高いアリゴテに熟成の可能性を感じ、酸を基調に伸びのある余韻を持つワインに仕上げている。特に樹齢45年を超えるティユルは10年以上の熟成も可能。また、マランジュ・ブランの畑はクロ・ド・タールが所有していた優良畑。こちらも高い樹齢で長く有機栽培が実践された最高の環境となっている。

Bourgogne Aligoteブルゴーニュ・アリゴテ

Bourgogne Aligote "Tilleul"ブルゴーニュ・アリゴテ・ティユル

Bourgogne Pinot Noirブルゴーニュ・ピノ・ノワール

Bourgogne Hautes Cotes de Beaunes Blancブルゴーニュ・オート・コート・ド・ボーヌ・ブラン

Bourgogne Hautes Cotes de Beaunes Rougeブルゴーニュ・オート・コート・ド・ボーヌ・ルージュ

Marange Blancマランジュ・ブラン

Marange Rouge "Sur le Chene" マランジュ・ルージュ・シュール・ル・シェーヌ

Maranges 1er cru "Les Clos Roussots"マランジュ・プルミエ・クリュ・レ・クロ・ルソ

 

 

                                        ~テラヴェール資料より~

wine-navi指数
wine-navi 50 index
  25,213   0   0.00  
5大シャトー index
  62,976   52   0.08  
DRC index
  169,575   0   0.00  
  • 地域別ワインリスト
  • France
  • Germany
  • Italy
  • U.S.A.
ワインバー cabotte